蜜蜂と遠雷


“皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする"



著・恩田陸

養蜂家の父親を持つ主人公、昔天才と呼ばれ突然世間の前から姿を消した少女、才色兼備で様々な楽器にチャレンジする青年、楽器店で働く妻子持ちの音大出の男性、などなど。
それぞれユニークなバックグラウンドを持ったピアニストである登場人物たちが、日本で開催される国際コンクールの会場で一堂に会し、お互いの演奏に影響しあいながらも激戦を繰り広げる青春音楽ドラマ。

どのキャラクターもそれぞれのドラマを持っていて、不安や焦りを抱えながら音楽に勇気をもらい、あるいは時にお互いが交差しながらステージで演奏をしていくことを基本としつつ、ちょっとした話のエッセンスとして「爆弾」というキーワードが話の最後まで温められている。しかし読者のとっての「爆弾」は各ピアニスト達が弾く、ピアノから飛び出す音と観客の反応、その場を映像化する恩田さんの表現力だろう。
様々な楽曲に対するその描写は、膨大な言葉の引き出しをあっちこっち開けては、作中聴き手が感じているイメージをその都度新鮮で異なる連想を出現させていくかの如くで、読み手はその言葉のシャワーを浴びせられる。

僕自身にクラシックの素養が無いことが作品の受け取りかたに制限を設けているようにも思えるが、翻って言えば、作中に描かれるようなイメージを楽曲から受け取る可能性があることを提示している点で、読者の中にはクラシックを聞いてみよう、少なくとも登場した曲を聞いてみよう、という興味を起こす人は少なくないのではなかろうか。
かつて、のだめカンタービレという漫画が流行りドラマ、映画となったが、当然ながら本作も映像化すること疑いなしだろう。これもそういうエンタメ方向の作品だし。
(昨今、将棋やカルタやダンスやフィギアスケートなどなど、似たようなとまでは言わないけど、業界の中でこの手のエンタメが流行っているのだろうか、なんて邪心。。)

ちなみに本作では演者だけではなく、コンクールというイベントで参画する方々の、観客席からは見えない働きというのを描いており、またそうした方々がどのような役割と配慮を持っているか、という点にも触れている。それ以外でも、音楽家という一見華やかそうに見える職業の裏側にあるお話や、業界が抱える課題というものにも登場人物達の口から話されていたりと、天才キャラの美麗な演奏シーン一辺倒、というようにはなってはいない。なってはいないのだけど、やっぱりとっても漫画的な感触は拭えなかったなぁ。
僕自身は他の人にすすめるほど面白さを感じられなかった。登場する曲への理解があれば、ちょっとは違うのかも。

音色を言葉に変えて、旋律を情景に変えて、空間を世界に変える。
そんな、とても映像的な一冊でした。

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