銀の匙

"すずしいほほえみがいっさいを和らげ、白い頬に血の色がさして、彫刻はそのままひとりの美しい人になった。"




著者・中 勘助

「年少の時にこの小説を読まなかった者は、情操教育に於いて欠けるところがあると云っても過言ではない」と河盛好蔵に言わしめた本書。
当時無名であった氏を夏目漱石の推薦により東京朝日新聞の連載に大抜擢され、世に読まれることとなる。
体の弱い中少年が伯母に世話され育っていく幼少期を始まりとして、叔母の背を離れ小学校へ入る入らず、入れば入ったで女の子への淡い恋慕の体験を経て、日清戦争中の学校環境・教育への反発を過ぎ、伯母との再会や一目惚れの経験をする。
これら幼少から高等学校の頃合までの追憶を、方言を混じえながらも当時の気持ちを素直に書き起こされており、そしてとても情感豊かな表現で氏の視点が表されている。

こんな思い出話を同じように書けるだろうか?いいや書けない!
まるで日記や写真があったような、当時の氏から見えた風景を豊かに書かれた様は、読んでいて否応なしに喚起される力がその文章にはある。

氏が幼少であった明治の時代。
大日本帝国憲法が発布され、戦争を経験した時代の日本。
本書ではその影響は間接的でしかなく、そうした事件からは距離のある、日本の古い景色が描かれている。
どことなく哀愁がただよう、不思議な魅力を持つ本だった。

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